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2005年07月09日

「サッカーの本質」 ワールドユース決勝アルゼンチン×ナイジェリア試合評論

<総評>
ユース年代ではおなじみのカードとなった
アルゼンチン対ナイジェリアをアルゼンチンがバルサ期待の星メッシの2ゴールにより
史上最多5度目の優勝を勝ち取った訳ですが、
試合内容に限れば、ナイジェリアがアルゼンチンを圧倒したゲームだったといっても良い。

<試合回顧>
中盤でボールを持ったナイジェリアの選手はアルゼンチン選手数人に囲まれても、
ボールを取られないどころか、いとも簡単に反転しあっという間にペナルティエリア付近まで攻め込むのに対し、
アルゼンチンの選手は焦らずにコースを切り体を投げ出し、水際で決定的なシュートは許さないといった展開。
そしてリオネル・メッシのドリブル突破でPKを誘い、
後半一旦ナイジェリアに綺麗な形で追いつかれるも、
途中出場の選手がまたもやPKを誘いこれをまたメッシが決めて、
アルゼンチンが勝利をもぎ取った。

<ナイジェリアの敗因>
ナイジェリアがアルゼンチンを圧倒したにもかかわらず、
アルゼンチンが決定機をほとんど作れない中、
たった2回のペナルティエリアに侵入して誘ったPKを確実に物にされ負けたのは、

ナイジェリアのディフェンス陣に我慢強さと
簡単に脚を出してはいけないというディフェンスの基本と
落ち着きが少しばかり足りなかった以外に、

攻撃面で中盤の攻防でアルゼンチンを圧倒しながら、
シュートを撃てるチャンスを簡単に打たずに綺麗に綺麗に崩そうとしていたのが、
(日本代表もこれに通じるものがある)
(あとゴール前での落ち着きもですが)
大きな敗因だったのではないでしょうか。

<サッカーの本質って?>
決勝戦を見て思ったのはユース世代なのに
アルゼンチンは本当にサッカーを良く知ってるなって。
点の取り方を知ってるなって。

ではサッカーの本質とは何か?
ずばり相手よりも1点多く取るのがサッカーの本質だ。

何を当たり前なことを言ってるんだと思うかもしれないが、
色んなチームや試合を見てるとサッカーの本質を忘れているのではないかと
疑いたくなるシーンに多々遭遇する。

ゴール前簡単に撃てる所をより得点するチャンスが高いとは思えない所にパスを出したり、
ゴールへのビジョンも見えずにただ相手から逃れるようなパス回しを見ると、
いつもそう思う。

相手より1点でも多く取りたかったら、
得点をより多く取れるように練習し、そのパターンを構築する必要があって、
で、得点するには何が最重要かと問われれば「シュート」と私は答えるが、
これには異存はそう多くはないでしょう。

では、シュートをいかなる状況でもゴールマウスに飛ばせる事を最重要視するべきで、
(もちろん一通りの自分のポジションに必要な能力は身に付けているのが前提で)
試合でも勿論シュートできる場面ではシュートを第一の選択肢とすべきなのに、
そうじゃないのが残念ながら見る限り多いと言わざるを得ない。

綺麗に繋いで崩しての得点は勿論やってる人にとっても、
見てる人にとっても気持ちが良く、美的欲求を満たされるが、
泥臭いシュートが誰かに当たって入るゴールもこれまた同じ1点。
どっちが現代のプレッシングが激しいサッカーにおいて
簡単かは言うに及ばずであろう。

<サッカーセンス>
そして、私はこの得点の取り方、
ゴールへの(をとる)ビジョンを明確に持っている選手を
サッカーセンスのある選手という。

例えばJリーグでは、日本代表でも定着した感のある
小笠原満男選手を私はサッカーセンスがあると評している。

小笠原選手はほかの一流選手と比べてテクニックが特別上手い訳でもなく、
スピードもはっきりいって遅く、
試合中ほとんどの時間消えている試合も珍しくなく、
危ない所でミスをやらかすことも多々あるが、
いつもなんだかんだ言って、ちゃっかり点は取っている。
代表でもJでもそう。
ワールドカップアジア最終予選で出場時間の割に、
代表の中で最多得点をマークしている事実もこのことを如実に表している。

<まとめ>
結局何を言いたかったかと言うと、
サッカーで勝ちたかったらゴールが見えたらシュートを撃てということ。
撃たなければ上手くなる物も上手くなりません。

投稿者 shiun : 01:31 | コメント (856) | トラックバック